平成4年8月25日 三重県鈴鹿市
本当にあった恐ろしい事件より
未解決事件・失踪/行方不明事件・印象に残った事件より
NAVER まとめ
発覚したのは、1994年(平成6年)夏の異常渇水で遺体が捨てられた池が 干上がり、遺体を入れた黒色ビニール袋が露出し、それを確か釣り人が 発見して通報。 それがテレビで報じられ、犯人の友人が警察に話して犯人逮捕。 その友人は、犯人に遺体を「犬の死体」として捨てるのを手伝わされていた。(某掲示板より)
女子中学生に対して異様なほどの執着心から、無関係なごく平凡に生活している無防備な相手に対しての凶悪な犯罪。
わかっているものでも平成2年に千葉県で起こした事件(転倒させた自転車に犯行車両の形跡はなかったのか)から平成4年に起きたこの事件の後にも多数の事件を起こしている。
鈴鹿の事件後も命を軽視した犯行を繰り返している。
・千葉県流山市内で下校途中の当時14歳の女子中学生わいせつ目的略取・強姦致傷・窃盗
・新潟県西蒲原郡内で自転車で下校途中の当時16歳の女子高校生わいせつ目的略取未遂・傷害・窃盗
・新潟市内で自転車で下校途中の当時15歳の女子中学生わいせつ目的略取未遂・傷害・窃盗
・新潟県西蒲原郡内の住居に侵入し、寝ていた16歳の女子高校生住居侵入・強姦致傷・窃盗。右目失明・言語障害等の後遺症
・福島県麻邪郡内で下校途中の当時13歳の女子中学生わいせつ目的略取・傷害・強姦未遂・強盗
・新潟県内で、クリーニング店・学校・商店・民家など女子中高生の制服等を盗むという窃盗9件
最初と言われている事件には、妻も同乗していたという。
1、わいせつ目的略取・強姦致傷・窃盗
平成2年7月10日夕方、千葉県流山市内で、下校途中の14歳少女を見て、拉致して強姦しようと考えた。被告人は、背後から車を接触させて転倒させ、車のトランクに押し込んで茨城県結城郡内の農道上まで連れて行った。そこで、強姦しようと殴るなどの暴行を加えたが、少女が隙を見て逃げたため強姦できなかった。しかし、被害者は加療約2か月を要する傷害を負った。また、少女が遺留した学生手帳等を盗んだ。
(被告人は、被害者を全裸にして性器を弄び、性器に傷害を負わせている。)
2 強盗致傷・殺人・死体損壊遺棄
平成4年8月25日朝、三重県鈴鹿市内で、犬を連れて散歩していた14歳少女を見て、拉致して強姦しようと考えた。そこで、背後から車を接触させて転倒させたが、大怪我を負わせてしまったため、強姦はあきらめ、犯行の発覚を免れるために車をバックさせて轢き殺した。その後、亀山市内の石水渓で、死体を鋸で7つに切断し、池に投棄した。
(なお、被告人は、死体切断前に屍姦に及んでいる。そして、死体投棄後も、浮上した死体を犬の死体と偽って同僚に手伝わせるなどして何回も投棄し直し、結局2年余りも発見されなかった。)
3 わいせつ目的略取未遂・傷害・窃盗
平成5年5月25日昼、新潟県西蒲原郡内で、自転車で下校途中の16歳少女を見て、拉致して強姦しようと考えた。そこで、道を尋ね、少女がメモ用紙に道順を書いているすきに、頭をプラスチックハンマーで何回も殴り、加療約2週間の傷害を負わせたが、少女が逃走したため、拉致できなかった。また、少女が遺留した学生手帳等を盗んだ。
4 わいせつ目的略取未遂・傷害・窃盗
平成5年6月21日夕方、新潟市内で、自転車で下校途中の15歳少女を見て、拉致して強姦しようと考えた。そこで、後方から自転車に車を追突させて転倒させ、加療約1週間の傷害を負わせたが、少女が逃走したため、拉致できなかった。また、少女が遺留した学生手帳等を盗んだ。
5 住居侵入・強姦致傷・窃盗2件
平成5年7月28日深夜、新潟県西蒲原郡内で、住居に侵入し、寝ていた16歳少女に対し、外に連れ出して強姦するため、右目内眼角付近をケガキ針(全長19センチの金属製工具)で突き刺し、脳内に達する傷を負わせた。そのうち、被告人は、その場で強姦しようと考えを変えたが、性器が勃起しなかったので強姦できなかった。少女は、この結果、入院加療約7か月を要し、右目失明等の重篤な後遺症が残った。
右犯行の2ヵ月前と1ヵ月後にも、被害者方で、学生服等を盗んだ。
6 わいせつ目的略取・傷害・強姦未遂・強盗
平成5年12月1日夕方、福島県麻邪郡内で、下校途中の13歳少女を見て、拉致して強姦しようと考えた。被告人は、背後から車を接触させて転倒させ、その際、加療約15日を要する傷害を負わせた。その後、少女を車の後部座席に乗せて新潟県東蒲原郡の山林内路上まで走り、車内で強姦しようとしたが、少女が未成熟だったため、強姦できなかった。また、被害者から着ていたセーラー服等を奪った。
(被告人は、肛門に浣腸液を注入し、着衣をはぎ取って山中に置き去りにした。)
7 その他、新潟県内で、クリーニング店・学校・商店・民家などから、女子中高生の制服等を盗むという窃盗が9件ある。
三 犯行に至る経緯ないし動機として、次の様な説示がなされている。
被告人は、昭和59年に高校を卒業した後、オートバイ整備の仕事につき、この年、初めて同僚女性とセックスした。
被告人は、その後も数人の女性と性交渉をもったが、女子中高生の制服に異常な興味を示し、民家に忍び込んで盗むなどした上、自ら着用したり、交際相手に着させてセックスしたりした。やがて、本物の女子中高生とセックスしたいと思うようになり、平成元年11月頃、当時交際していた女性(後に被告人と結婚し、本件発覚後離婚している)と2人で車に乗って少女を物色し、追突させた上、車に乗せ、妻が運転している車の車内で少女の制服を脱がせて体を触るなどした。これに味をしめて、以後一人で本件各犯行に及んだ。
被告人は、平成2年4月に結婚し、2人の子供をもうけたが、その後もセーラー服等の窃取をやめず、妻に被告人が用意したセーラー服や下着を着せて強姦類似のセックスを繰り返し、平成6年3月に新潟に転居した際には、2階の1室を独占してセーラー服や女性下着を秘蔵し、妻にもセックスの際にしか立ち入らせない有様だった。
(妻は、かつて別の男性に強姦されたことがあり、そのことを被告人に告白したが、被告人は態度を変えるどころか優しく応じてくれたので、被告人の望むことなら何でもして上げたいという気持ちになっていたという。しかし、夫が深夜外出して朝方セーラー服を入れた袋を下げて帰って来るのを見たり、夫の部屋から、女子中学生が地面の上に倒れているところを撮った写真を発見したりしても、なお被告人を問い詰めることもせずに、盗んで来た下着等を着用してセックスに応じるなど、その心情は私には到底理解できないものがある。)
四 判決は、被告人を死刑にはできない理由として次のように説示する。
「遺族及び被害者の峻烈な処罰感情のほか、本件各犯行の動機の自己中心性、態様の冷酷残忍性、結果の重大性、これらに対比しての被告人のためにしんしゃくすべき事情の僅少さなどを考慮すると、被告人に対しては、極刑をもってその罪の償いをさせるべきである、との検察官の主張にも相当の根拠があることは否定できない。」
しかし、「被告人は、犯行実現ないし犯行発覚防止のためにあらかじめ被害者の生命を奪うことまでも予期し、そのことを何ら意に介しないで、周到な計画の下、冷徹に平然として犯行を重ねたものではない。」。事件2では、「思いの外強く当て過ぎて大きな怪我を負わせてしまったことに気が動転し、強姦することも断念し、犯行を隠蔽し、逮捕を免れるために、とっさに決意して殺害に及んだものである。」。また、事件5では、被告人なりに目頭か目尻を刺せば死亡や失明の危険はないと考えて刺したところ、多量の出血に驚き、直ちに外に出て家人に「D子が危ない。死んでしまう」と2回電話している。「そこには、被告人の他者の死に対する人間としての怖れを見い出すことができるのであり、被告人の心に人間らしい感情が存在していることが認められるのである。」
さらに、被告人は、小学生の時に血液型のことから両親との親子関係を疑い、両親に心を閉ざしたことがあり、犯行全般に感じられる共感性の乏しさは、これが一因であると推察され、被告人には孤独さが垣間見られる。
被告人は、平成6年9月2日に逮捕され、今日まで2年以上身柄を拘束されて審理を受けて来た。この間、被害者や遺族の供述を耳にして自分の犯罪の重さを肌身に感じ、遺族らの怒り・悲しみ・苦しみを遅まきながら感得し、反省の情を一段と深めている。
この他、被告人には、平成5年12月の事件6以後、平成6年9月に逮捕されるまで、少女を襲うことはしていないこと、前科がないこと、父親が事件2の遺族に100万円、事件5の被害者に200万円を支払っていることなどの事情を考慮すると、「死刑選択についての最高裁判決の基準にかんがみると、被告人に対して死刑をもって臨むにはいまだ僅かながら隔たりがあるというべきである。」
五 さて、思うに、被告人は確かに事件2においても最初から少女を殺して屍姦しようとまで考えていたわけではなく、殺意は衝動的なものであったといえる。事件5でも殺意は認定できないだろう。また、6件も誘拐等を行っておきながら、1件も強姦は既遂になってはいない。
被告人は、強姦という(女性には失礼な言い方ではあるが)比較的軽微な目的のために、車で追突・接触したり、プラスチックハンマーで頭を殴ったり、目の近くをケガキ針で脳に至るまで刺すなど、極めて危険な行為を行っており、この結果、1人を殺し、1人を重篤な後遺症(被害者は、死ぬより辛いと法廷で述べたという。)が残る傷害を負わせている。極めて凶悪な犯行でありながら、被告人の主観的意図はこれに見あっていないのである。
判決自体がいうように、まさに死刑か否か微妙なところであろう。しかし、私は、事件2の後にも犯行をやめようとせず、事件5のような凶行に及んでいる点で、やはりこの被告人は生かしておくことはできない、死刑にすべきだったと考えるものである。
六 毎日新聞平成9年9月26日朝刊に、「慎重判決に検察は危機感」「死刑求め相次ぐ上告」との記事があった。今年、高裁での無期懲役判決に対し、3件(仮出獄中に老女を殺して金銭を奪った44歳自営業者、会社員の妻を暴行した上殺した41歳塗装工、恋人の両親を殺害した29歳会社社長)について死刑を求めて上告したが、死刑を求めての上告は永山事件以来のことだとのことである。検察幹部は「3つの高裁判決は情状面という主観的要素に引きずられ、犯行態様の悪質さなど客観的要素を軽視している。」と述べているらしい。3事件の内容はよくわからないのでコメントを避けるが、量刑は主として下級裁判所の判断事項であり、最高裁はタッチしないのが普通である(最高裁判決平成8年9月20日裁時1180号3頁は、原審の死刑判決を破棄して、無期懲役を言い渡した。これについては別稿をご覧頂きたい。)それだけに、下級審は慎重な判断が要請されるというべきであろう。ここで「慎重な」とは、無期懲役が妥当な事件で不用意に死刑判決をしないことだけをいうものではない。死刑が妥当な事件について不用意に無期懲役判決をしないことも、同様に司法に対する国民の信頼という見地からは大切なことである。その意味で、この高裁判決には批判の余地がなくはないのではないかと思った。
参照「
中日少年法の比較サイト」等