1991年12月12~28日に渡る連続殺人事件
ウィキペディアより
NAVERまとめより
犯人は、5人姉弟の末っ子としてたが、9歳で母親を失い、父親も土木作業の出稼ぎから帰らず、中学の頃から下級生を恐喝、他に窃盗、女生徒をナイフで脅しいたずらするなどで、養護施設や少年院に送致される。
その後、仮退院するものの、家は父親によって売られ、姉の家に身を寄せ働くが、どれも長続きせず、18歳では鳥取市内のスナックで、スナックママ(当時26歳)の営業トークを勘違いし、関係を迫るも断られ刺殺している。
10年服役し出所するものの、松江市内の旅館女性従業員を襲い金を奪おうとし、強盗致傷事件で更に7年服役する。
そして出所後わずか2ヶ月で新たな犯行が行われる。
- 1991年12月12日、姫路市のスナック経営女性(当時45歳)を殺害。
- 同年同月21日、松江市のスナック経営女性(当時55歳)を殺害。
- 同年同月26日、京都市のスナック経営女性(当時55歳)を殺害。更に経営女性の関係者男性にウィスキーの瓶で殴るなどの傷害。
- 同年同月28日、京都市のスナック経営女性(当時51歳)を殺害。
1992年1月5日
女性落語家の天王寺区の自宅マンションに隣人を装って侵入。首を締めて失神させ、現金を奪う。
2日後天王寺区の母子2人暮らしマンションに侵入して金を奪おうとするが、抵抗され断念。自首を説得され、翌朝通報。
後談では、母親の面影を追い求め、母親くらいの女性に対して惹かれたとの話もあるが、客がいなくなった時間帯を狙い、首を絞め更に刺殺し、金を奪っているので結局は金銭目的だと考えられる。
更に一審にて全面無罪を主張。大阪高裁、最高裁では姫路の事件は認めるものの他、3件に関しては全面否認している事から、自分本位の短絡的犯罪者であると考えられる。
証拠に関しては指紋が残っているとのソースが残るが、全て事件前に行ったものと弁明。
松江市の事件に関しては上着に残る被害者の血痕の付着(DNA鑑定)、京都2件に関しては上着に被害者の繊維片が付着していたとされる。