1981年(昭和56年)6月17日 東京都江東区森下二丁目の商店街の路上において発生した無差別殺人事件
ウィキペディアより
NAVERまとめより
元トラック運転手で寿司職人の経歴を持つ男(当時29歳)が商店街の路上で、主婦や児童らを包丁で刺し、児童1人と乳児1人を含む4人が死亡、2人が怪我を負った。
更に、通行中の女性を拉致し中華店に籠城。
7時間も人質とされた女性が隙を見て脱出し、入れ替わり警官隊が突入し逮捕に至る。
男は覚せい剤常習者であり、過去には暴行傷害等で4度の囚役生活を送り、寿司店に就職するも続かずに転々とし、最後に受けた寿司店も不採用とされ、八つ当たり的に犯行に及ぶ。
とはいえ、その他の通り魔事件と同様、男にまったく同情は出来ない。
当然といえば当然、その場で妻子を惨殺された被害者を取り巻く家族を思うと。
ベビー用のバギーカーに乗せられた1歳の男児。それを押す母親の脇に3歳の女児。
商店街を歩く3人。ごくごく、普通の風景である。
そこに目を付けた男。まず先頭の男児めがけて柳葉包丁を一突き、更に一突き。
惨状を目の当たりにするも危険を察し逃げようとする母親を背中から二刺し。
何が起きているのか分からずに呆然と立ちすくむ女児の胸部に4度も凶行を繰り返し、更にバギーカーに戻り男児の胸部に一突きする。
女児はお腹から出てしまっていた腸を両手で握りしめ、身をよじる。
母親は我が子を心配するが、仰向けて「痛い痛い」と苦しむも動けず、駆けつけ介抱する主婦に「すぐ助けがくるからね」と声をかけられるが子供に向け何かを訴えようとするも声にならずに「お子さんは大丈夫よ」の主婦のかけた声を聴いたかどうか、そこで息絶える。 男児はバギーに乗ったまま、母親を求めての事か、両手を突き出したまま息絶える。
職人と言えども寿司職人は寿司屋の看板であり、目付きの悪い職人を雇うもマイナスなのは当然。
八つ当たるにしても、結局弱者に目をつけ狙う所業はどう考えても許される事はない。
1982年12月23日、覚醒剤中毒による心神耗弱状態にあったとし無期懲役。