1997年5月 奈良県添上郡月ヶ瀬村
ウィキペディアより
NAVERまとめより
卓球大会の帰りの女子中学生が、顔見知りの犯人と偶然帰り道で出会い、送ろうかという犯人を無視したとし、それに激高し犯行に及んだとされる事件。
事情はどうあれ、供述通りだとすると、親切の押し売りと言える。
1997年5月4日奈良県・月ヶ瀬村で卓球大会から帰宅途中の浦久保充代さん(13歳)が帰宅せず、家族が警察に届ける。
捜査を始めたところ、自宅近くの県道で充代さんの物と思われる靴を発見。
発見現場にはタイヤ痕とガードレールには血痕が付着していた。
さらに近くの公衆トイレから切り裂かれたジャージと血痕が付着したダウンベストなどが発見された。
現地には報道陣が殺到することになる。
犯人の男は大型の四輪駆動車に乗り、住民の聞き込みや証言などを基に警察や報道陣から事件に何らか関りがあると思われる。
当時はインタビューにも受け答えしていたという。
7月25日、警察は男を逮捕。
否認するものの、四輪駆動車の後部座席から発見された血痕のDNAが充代さんのものと一致した事、ジャージに付いていたタイヤ痕が丘崎の四輪駆動車のタイヤと一致した事、ダウンベストに丘崎と同じ血液型の毛髪が発見された事などが判明。
男は運転中に充代さんを見かけ、「乗って行くか」と声をかけたという。
ところが呼びかけを無視される。
昔から、村八分の状態で育ってきたというが、無視された事により、不満が爆発。
充代さんを背後から撥ね、車に乗せ、近くの公衆トイレ付近で石を使って殴打して殺害。
その後10キロ先の三重県御斉峠付近で遺体を捨てたという。
男は無期懲役を言い渡されるが、2001年9月、刑務所内で首を吊り、自ら命を絶った。